AIによりSaaSは本当に死んだのか?
エンタープライズSaaSはAIを取り込み、プラットフォーマーとして進化する
梅津 宏紀
代表取締役社長 兼 CEO
「SaaS is Dead」の真偽
2025年から2026年にかけて、SaaS企業の株価は軒並み低迷した。生成AIの急速な普及により、「AIがあればSaaSは不要になる」という論調が市場を席巻し、多くの投資家がSaaSセクターから資金を引き揚げた。
たしかに、一部のSaaS領域ではこの予測は当たりつつある。特にSMB(中小企業)向けのシンプルなソリューションや、ローコード・ノーコード開発ツールの領域では、AIが直接的な代替手段を提供しはじめている。定型的なワークフロー自動化や、テンプレートベースのアプリケーション構築は、AIエージェントが驚くほど簡単にこなしてしまう。
しかし、「SaaS is Dead」と一括りにするのは、あまりに乱暴だ。この議論には、決定的に見落とされている視点がある。
エンタープライズSaaSは死なない、進化する
グローバルエンタープライズが依存するミッションクリティカルなSaaS——ERP、SCM、HCMといった基幹システム——を、AIでゼロから作り直すことは現時点では非現実的だ。
業界横断の標準プロセスを内包し、数万人規模の組織で稼働し、各国の法規制に準拠し、数十年にわたるベストプラクティスが蓄積されたシステムを、AIが一から構築できるかと問われれば、答えは明確にNoだ。
むしろ起きているのは、エンタープライズSaaSベンダー自身がAIを積極的に取り込み、「プラットフォーマー」として進化していく動きだ。SAP、Salesforce、ServiceNow、Workdayといった主要プレイヤーは、AIを単なるアドオン機能ではなく、プラットフォームの中核に組み込みはじめている。
AIがSaaSを殺すのではない。AIを取り込んだSaaSが、企業のプラットフォームとしてさらに不可欠な存在になっていく。これがエンタープライズ領域で起きている現実だ。
「乗り換えコスト」という現実
大規模組織の意思決定は、テクノロジーの優劣だけでは動かない。数千人、数万人の社員が日常的に使っているシステムを、「AIで代替できるから」という理由だけで入れ替えることは、組織として非合理的だ。
チェンジマネジメントのコスト、データ移行のリスク、業務プロセスの再設計、社員の再教育——これらの「乗り換えコスト」は、テクノロジーの進化速度をはるかに超えて重い。人と組織は、すでに乗っかっている仕組みから簡単には脱却しない。
だからこそ、既存のプラットフォーム上でAIの恩恵を受けられる形——つまりSaaSベンダー側がAIを内蔵する形——が、エンタープライズにとって最も現実的な進化パスとなる。
CIOに求められる「AI時代のアーキテクチャ構想力」
この変化の中で、企業のCIO(最高情報責任者)に求められる役割も変わりつつある。
従来のCIOの仕事は、既存システムの安定運用と段階的な近代化だった。しかしAI時代のCIOには、エンタープライズアーキテクチャ全体を再構想する力が求められる。どのSaaSプラットフォームを中核に据え、AIをどの業務レイヤーに組み込み、人とAIの協働をどう設計するか。この「AI時代のエンタープライズアーキテクチャ」の構想力こそが、今後の競争優位を左右する。
SaaSは死んでいない。しかし、SaaSとの付き合い方は根本から変わる。プラットフォームとしてのSaaSにAIを組み込み、企業全体のアーキテクチャを再設計する。この構想と実行を一気通貫で推進できるかどうかが、AI時代における企業の明暗を分けることになるだろう。
梅津 宏紀
代表取締役社長 兼 CEO
CREED Business Consulting 代表。大手グローバルファームや国内戦略ファームにおいて25年以上のコンサルティング経験を有する。CIO/CDOなどのTechnology Leadershipの変革推進をサポート。